第108回「苦労はした方が良いのか」

第108回 探究型ワークショップ実施!
今回のテーマは「苦労はした方が良いのか」です。

【今回の問いかけ】

「若い時の苦労は買ってでもしろ」と言われるのはなぜらどうか。
また、苦労はした方が良いのだろうか。
 

参加者の意見

インプットセッション時のチャット

>>聖書には、狭き門より入れ、という言葉があります
>>広き門の方が混んでいたりしますし…ね!
>>”適切なストレス”はマネジメント業界でも熱いネタ
(ストレス解消派と適切にあった方がいい派、限定派(安全性だけはいる)等)ですな。
>>サンクコスト…人は予定通りに不合理ですもんねえ。
>>さっきもありましたけど、「なんとかなる」っていいですよね。
 
 

グループトークでの意見・議論

 
まず「苦労」の意味は?
「苦労は買ってでもしろ」の「苦労」ですが、
単に肉体的・精神的に苦しい思いをすることというよりは、
「物事がうまくいくように」力を尽くすこと、
「自らの目的のために」大変な思いをしながらも耐えて努力すること、
と考えた方がいいでしょう。
 
その場合は、「苦労」を「苦労」と感じていないでしょう。
「~のために」という目標、目的がなければ、疲弊してつぶれてしまうでしょう。
目的があるからこそ、乗り越えられていく苦労です。
苦労=失敗
苦労を失敗と考えることもできます。
 
なぜ、若い時に失敗した方がいいのでしょうか。
1、若い時の失敗は比較的許される
2、若い時の失敗はリカバリーがきく
3、早く成功に近づける
 
若い時に苦労した方がよい理由
1、失敗しても許される
2、「やる気」も「体力」もある
3、自分の可能性が広かる
 
苦労によって失う可能性があるもの
苦労=失敗によって失う可能性のあるものは
・信用
・地位・名誉
・健康
・人間関係
・金
・時間
 
なぜ、「苦労」が若い時に限るのでしょうか。
苦労は買ってでもしろというそれは、一度失ったら取り戻すのが大変だからです。
年齢を重ねれば重ねるほどいろんなものを持っていて失うものも大きくなります。
そしてまた同じものを取り戻していくには大変な労力と気力・体力が必要になります。
時には取り戻すことが不可能な場合もあります。
だからこそ、若いうちにいろいろな失敗を経験しておけば、その失敗の経験から次の失敗を回避できる、または最小限の失敗に抑えることが出来るというのが「若い時の苦労は買ってでもしろ」の本意です。
 
「若い時の苦労は買ってでもしろ」でも、本当に「買ってまでする必要があるのか?」
基本的には、
「買ってまでする必要はない」この言葉が強調したいのは、「苦労の大切さ」よりも「経験の大切さ」です。
苦労は経験として最も身になり、将来の財産になるのですから、その大切さ、価値の大きさを何とか伝えようと「買ってでも」という言葉で表現しているだけなのです。少し極端な言い回しがゆえに、そこのところを勘違いして無謀な解釈をしてしまう人がいるようです。
「若い時の苦労は買ってでもしろ」
「買ってでも」という極端な表現を使ったことは、それだけ
「若い時に苦労しておけ」
「若い時の苦労の経験は大切だ」
ということを、伝えたい思いの表れともいえるでしょう。
 
ーーー
 
「逃げ」と「迷い」は違う。
逃げること=苦労を拒むことで歩みを止めてしまう。
正しい苦労(努力など)をするのは健康なことだ。
でも、買う必要はない、くるしみも楽しみも、降ってくるもの
 
>>なぜ?
 
ーーー
 
苦労したほど達成感を得られる
→成功したと感じている人はそれを苦労のおかげと考える
苦労とは精神的、肉体的に力を尽くし、苦しい思いをすること
→なぜスポーツをやるのか
苦労した方がいい?
行動することは大事
苦労≒努力と失敗
苦労と思わないことがベスト
 
>>お年寄りは苦労をする必要は無いですよねえ。
>>No pain,No gain(スペル合ってる?)
>>スペル合ってます!
>>苦労⇒何かを身につけるため、かもしれないですね。
>>完璧です。(スペル)
 
ーーー
 
苦労⇒生き抜くための力
能力⇒奪われない財産
不必要な苦労ってなんだろう?
適切でない苦労⇒例)ヤングケアラー
大人になって漢字が書けないと恥ずかしいですが
 
ーーー
 
①自分がやりたいことを我慢せずに挑戦し続けられるから
②失敗を恐れなくなるから
③器の大きい人間になれるから
④若い方が体力もあるし、できることも多いから
⑤苦労の免疫を若いうちにつけておくとメンタルが強くなるから
そもそも苦労を苦労と思わなくなるのではないか
 
>>今の時代だから、苦労は買ったほうがいい
>>自分の苦労を武勇伝にして、他者に圧力かけちゃう
 
ーーー
 
若いときの苦労、、、
頭が柔軟で、成長の伸びしろがあるうちにいろいろな経験をすれば、それだけ進化できるからかなと思います。
成長の機会がそれだけ多いから。
そもそも苦労のない人生はないだろうから、年を取って責任が重く、ミスできない状況になって苦労に押しつぶされるとか、苦労から逃げてしまうとかないように、若いときにいろんな経験ができれば人間的に度量の深い信頼できる人になれるのかな。
苦労はしたほうが良い、派です。
人生の一時期には、ストイックな環境に身を置くことも、自分自身を知る良い機会になると思います。
若いうちに苦労しておけば、インプットにあったストレスに対する捉え方も変わってくるかな。
「意味付け」できる苦労をする。
※ちなみに意味不明な校則や体育会系の厳しさには賛成ではないです(笑)
 
>>”解釈は重要”、キモになる考え方だと思います。
>>煩悩が過ぎ去りますね!
 
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【苦労しろ話:なんで言われる?】
>案1:
旧時代(生存が主眼におかれる状態)においては生活共同体の維持は個々人の自由より大切であり、それを体得できなければ共同体の一員になることは難しいから。
(理不尽なことあるけど、 我慢すれば生きれますよ、イノベーション?そんなことして壊れたらどうすんの?)
 
>案2:
どんな人も失敗はする。
それをどう活かすか?
その時のマインドセットや礼儀(ゴメンナサイの言い方とか)は学ぶ必要があるから。
(≒買う価値のあるモノ)
*大人になるとゴメンナサイをいうのはとってもムズカシイ…
 
【苦労はした方が良いか?】
買う苦労…選んで買え、という話?
↓だったら…
好きな苦労を買おう
嫌いな苦労を避けよう、できれば変えてみよう。
 
某ド〇ツの将校キャリア選抜話:
従う人:兵士
効率をよくできる人:役人
逃げ切れる人:作戦担当(イノベーター)
歩くのメンドイ。
掃除すんのメンドイ。
映画館行くのメンドイ。
各種サービスに
 
ーーー
 
結論>した方が良い!
理由>
・世界とのつながり拡大を通して自分とより深くつながるため
・投資
入口>苦労=ストレス?
 
苦労とは
1 精神的、肉体的に力を尽くし、苦しい思いをすること。「苦労が絶えない」「苦労を共にする」「苦労の種」「苦労して育てた子供」
2 (多く「ごくろう」の形で)人に世話をかけたり、厄介になったりすること。「ご苦労をかける」「ご苦労さま」
 
〇世話をかける
=自分のために、他の者にめんどうな思いをさせる。 やっかいをかける。
→感謝の気持ちを知る”幸せの4因子”の一つ!
→「お願いします」を言えること
→己を知る
 →「一人称の世界から一歩踏み出す!」
 →自分を客観視するメタ認知
→他者や社会との繋がりを知る
 →共存する世界:自分も他人もそろって生存すること。
もっと知りたい>苦労と成長の関係?
 
ーーー
 
なぜ苦労をしたほうがいいといわれるのか?
そういうもんだと親が思っているから?
実は何となくかも?
ストレスがないと早く死ぬ(らしい)
筋トレと同じ?
苦労はしたほうがいいのか?
 
〇苦労により成長する
〇苦労は楽しい
〇苦労すると仕事になる
×過ぎたるは及ばざるがごとし
×苦労人に暴君が多い(ような気がする)
△楽したい人は経営者とかイノベーターかヒモに向いている
 
>>たしかに、、
>>苦労と集中/没頭の関係もありそう。。
>>フロー体験とか
>>適切な苦労(ストレス)がフローを呼ぶ、ってハナシもあるみたいですねー!
 
ーーー
 
苦労は正直したくない
そもそも苦労には2種類あるのではないか?
1、好きなことやもの、そこに向かっていく本人にとっては楽しめるもの。つまり、自分から選んでその選択をしてるもの。
2、自分にとって必要はなく、周りによって強制的にやらされている。やらざるを得ないもの。
自分は2をずっと経験してきた。本当は他のことをやりたかったりするのに2に使う時間が辛く感じたり無駄に思えたりする。
だが、その経験が他の人にはないものとして価値になって活きて、様々な場所で使うことができて魅力に化ける。
結論どちらがいいのか分からない。
 
ーーー
 
某ド〇ツの将校キャリア選抜話:
従う人:兵士
効率をよくできる人:役人
逃げ切れる人:作戦担当(イノベーター)
*苦労の回避はいいことでは?
 
苦労はストレスとは限らない。
苦労≒世話をかけること(上手くお願いする手法、内容を学ぶ)
他人がいるから苦労がある、だから人をつながるということでは?
 
そう思い込んでいるだけでは?
苦労は超える楽しみでは?
苦労は克服話など、コンテンツになるのでは?
苦労人には暴君が多い?(お前らもそうしろ!的な話)
楽したい人は経営者とかイノベーターかヒモに向いている
 
苦労はいらないけど、努力はすべきでは?
 
目的を持てば苦労にはならないかもしれない。
耐性をつけるための”買ってでもするべき”?
 
苦労は嫌だが…
その経験が他の人にはないものとして価値になって活きて、
様々な場所で使うことができて魅力に化ける。
 

グループ間での発表・共有

 
>>苦労と理不尽
>>たぶん人生に無駄なものはない
>>理不尽は我慢する以外になくす、や逃げる、という選択肢があります
>>たしかに一人で背負わなくてもいいですよね。誰かのおかげで乗り越える苦労は価値ありそう。
>>命や自分を守るために逃げるのはよいことですものね!
>>「耐性」をつけるだけでなく、経験として転換する力を養えるのではないか
>>*将校選抜などでも、逃げれる人は「よく撤退できる人」みたいですし。。。
>>江戸時代は鎖国って言われていたけれど、ある意味創意工夫をして 反故しもさいりようしてたりしてましたしね。
>>”苦労する”とは、イコール”学ぶ”ということなのかもしれません。
>>激しく同意!
>>一生懸命努力しているのに苦労してしまうようなことはそもそも自分に向いていないとか自分の人生の使命ではないのかも?とちょっと考えてみるとよい
>>苦労の解釈を変えられそうです
>>よくわかります。大人になればなるほど、そうかもしれないです。
 
 

【ファシリテーターより】

今回もありがとうございまいた。
ファシリテーターを務めさせていただいた木原です。
まずは今回、多くの方にご参加いただき、非常にありがたく思います。急遽、2チームに分けての話し合い形式を導入するなど慌ただしい会となってしまいましたが、お楽しみいただけていれば何よりです。
 
「苦労はした方が良いか」という今回の問いは、
大人の方も、若い方も、それぞれに思うことがあるテーマだったのではと思います。自分としては、
「苦労を目的として苦労することはないけれど、志とそのための努力をするということが前提にあり、その過程で生じる苦労とはとことん向き合った方が良い」
などと考えながら準備と主催をさせていただいていたのですが、今回も非常に様々な視点や考え方があり、決して決まった正解があるわけではないですので、今後も考え続けていきたいところです。
 
また生きていれば、ストレスのかかること、大変だと思うことも沢山ありますから、どうやってそれらと向き合っていくのかというのは大いに考えていく価値があると思いますし、今回の場が、今後も自分で考えていくうえでの良きヒントになれば幸いです。
 
最後に、今回のテーマは以前の探究内で出てきた疑問を問いとして取り上げ、さらに深掘りしてみようと意図したものとなります。
今後も様々な探究の場を実施してまいりますが、そこにはもっと積極的に議論の中で出てきた問いかけや疑問も取り入れていくことで、さらに皆さまにお楽しみいただけるものにしていければと思っておりますので、何卒引き続きよろしくお願いいたします!
 
ご参加くださった皆様、ありがとうございました!
またやりましょう。
 
次回は第109回
「“好き”とは何か?(“好き嫌い”と“損得”について)」
を予定しております。
今後も楽しくて学びになる探究の場を実施してまいりますので、お楽しみに!