第170回「演じる」

第170回 探究型ワークショップ実施!
テーマは「演じる」です!

今回の問い

あなたは、何かを“演じて”いるだろうか?

今回のテーマについて

ファシリテーターの山田です。
 
今回は「演じるとは何か?」ということを考えることを通じて、「本当の自分とは何か」を考えられると思い今回の探究を実施しました。
 
似ている言葉として「演技」がありますが、これは、演劇において俳優が観客の前で身振りやことばをもってある事件や人物などの行動を表してみせることです。一方で、「演じる」というのは、自分を意識的にみせることを指しており、今回の探究ではこちらの意味で探究しました。
 
また「キャラ」という言葉がありますが、私は、人は普段から何かを演じているといえるのではないかと思います。ちなみに、この「キャラ」という言葉が現在の意味で使われるようになったのは、1990年代、定着したのは、2000年代に入ってからだそうです。キャラを演じることで、人間関係を円滑にすることができますが、その一方でキャラ疲れという現象を引き起こしているといわれています。なかなか本心を見せられないため、そうなっていると思います。
 
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グループトーク

今回のグループトークでも、たくさんの意見を出していただきましたが、中でも「生きることが演じることなんだ」という意見が印象に残りました。 確かに、生きていれば誰かにその姿を見せることになるので、そういう意味では演じることになるなと思いました。

また、「演じるとは、ココロを裸にすること」という意見がありましたが、私は「本心をさらけ出せないからこそ我々はキャラを演じるのだ」と思っていたので、真逆の考え方で驚きました。

参加者の意見

【あなたは、何かを“演じて”いるだろうか?】

悪魔の代弁者。
(≒あえて批判や反論をする人)

衆生への慈悲使い。
(≒あえて教えない人)

acting director
(≒一時的な代行者)

演技とは何か?
→言葉(相手に伝えたいことを表現する技術)
だから上手い下手があり、個々人の味もある。

演技は何を根幹としているか?
→二重システム理論(人はパターン認識によって楽したいもの)

おまけ:
舞台と観衆がいるから

おまけ:

この世は一つの舞台だ。
 すべての男も女も役者にすぎない。
 それぞれ舞台に登場しては、消えていく。
 人はその時々にいろいろな役を演じるのだ
-シェイクスピア

あなたは何かを演じているだろうか

意識的にスイッチを切り替える場面
①仕事:介護の現場に入るときは良い介護者・やわらかい雰囲気を持った人のモードに入る
②和装:普段とは違う和のテイスト・身なりを整える・凛とした行動をとる・着物特有の動きをする
③ボランティア:子供向けのイベントをやるときには受け入れのいいお兄さん。サンタクロースのイベントではサンタクロースになりきって行動する
④この人良いなと思ったら言動を真似ることが頻繁にある

①~④の中でも別のスイッチを入れることもある

人見知りなので初対面の人にはフレンドリーキャラ

生きる

演じるとは、ココロを裸にすること(星田監督)
朝起きて学校に行くまで、全ての行動が、演じ。
自分を曝け出すこと
人とコミュニケーションが取れない人は上手く演じることができない。合わない役を演じてもどこかでバレるよ。
一番綺麗に演じられているのが、彼氏さんとベッドでイチャイチャしているとき。一番イイ、女になりきっている。

Q:あなたは、何かを“演じて”いるだろうか?

A:”演じて”いるといえるのではないか?
生きるということは演じること

ペルソナ(Persona)人はその各場面場面で仮面をかぶっているのではないだろうか?

例えば会社での(上司の顔、同僚での顔)、家庭での(お父さんの顔、夫での顔、息子での顔)地域での顔、趣味仲間での顔etc. 
時と所と場合(TPO)で使いわけている?

こぼれ話:教師五者論「学者、役者、芸者、医者、易者」
人にものを教えるのであれば、膨大な知識を身に付ける必要がある
人を惹きつける力
「不安」を、切り捨てる、取り除く力
「楽しく」学べる環境を作る力
性格やタイプを見抜くスキル

何かを演じているか?

→裏返すと、「本当の自分」というものはあるのか?

どこまでが演じていてどこからが本当の自分かは正直よくわからない

まあしかしちまちまと演じている ビジネスマンであったり父親であったり

時には知らないふりをすることも

演じるは悩みの原因

サイコパスの話を思い出した

サイコパスは自分が演じていることを気づかなくなった人らしい

→演じすぎて演者が自分になってしまわぬよう気をつけたい

自分は何かを演じているか?
⇒「自分」って何だろう?
⇒「演じる」ことまで含めて自分なのか?

結論:基本、社会生活を送る限りは、演じている
例えば警察官
「警察太郎」はいないわけで、
うんこしたくても腹減っても、
事情聴取する時は「警察」として振舞う
気さくでおおらかな人でも、犯人の前では毅然とする

備考:
でもそれが定着してくると
演じている状態からそうでない状態になることがある

例えば生徒と話すとき、
多くの場合演じている
けどごくまれに、日常で油断している時にも、そういうしゃべり方をしてしまうことがある気がする

〇ユングの「ペルソナ」
人間が社会生活において求められた役割を演じる機能やその一面を指す概念

・普段は無頓着でおおらかな人が会社では生真面目になったり
・普段はお調子者な人が先生の前では礼儀正しく振舞ったり

〇何をもって「自分」なのだろう?
「自分」というものは、本能の周りに演じる役が肉付けされていくことによって構成されるのか?

・生まれたとき
性悪説vs性善説vs白紙説(by ジョンロック)
泣く、うんこする、寝る⇒本能は備えている

・理性は「演じる」こと?
腹が減った⇒何かを食べたい
眠い⇒寝たい
痛い⇒泣きたい
でも平気な振りをする、我慢する
こういうのって、演じている?

・モラトリアム
アイデンティティを確立するうえでの期間
「自分は何者なのか?」
⇒色々考えたり、経験したりする

・森信三先生「天からの封書」

・飼っていたインコ
求められた役割を演じていたか?
⇒多分そういうことはない
うれしいときはうれしいし、
甘えたいときは甘えるし、
もれそうになったらうんこする

・演技と演じる
three kingdoms
血を吐く「演技」
黄忠を「演じる」
⇒黄忠になること

まとめ

私は普段から、「本当の自分はそんなんじゃないのにな」と思うことがあります。 なので、今回の探究を通して、「自分は何かを演じているのか」ということについて深く考えることができて良かったです。
 
ご参加くださった皆様、ありがとうございました!
またやりましょう。
 
次回は
9月9日(金)19:30~21:00
テーマは「コミュ力」
を予定しています。
引き続き、楽しくて学びになる探究を実施してまいりますので、お楽しみに!

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